大悲庵のブログ

高野山真言宗大師教会

親切ひとつで笑顔がふたつ

阿字観指導者養成の後期講習まで、どんどん日にちが迫ってきていて、前期講習で学んだことを自分の中に落とし込もうと焦っております。
復習していく過程で、高野山真言宗の座主もつとめられ、金剛峯寺の阿字観道場を発願された中井龍瑞大僧正の『密教の一字禅』を読みました。それがきっかけでYouTubeの中井龍瑞大僧正の古いモノクロの法話動画を拝聴してみました。動画では「人間の一生は旅であり、この世は旅の宿である。この世に生まれ、この世を去ってゆくのは旅の宿に泊まって一夜明けると旅立ってゆくようなもの。旅は道連れ、世は情け。人生の長い旅路を愉快に過ごしてゆくためには良い道連れが必要。良い道連れとは、暖かくお互いに親切を尽くしあう人です。戦時中のたくさん作られた標語の中でただひとつ覚えているのは『親切ひとつで笑顔がふたつ』だけ、本当にその通り優しく親切な応対が、どれだけお互いの心を明るくするか」、と仰いました。

 法話でよくするお話ですが、『阿字の子が阿字のふるさと立ち出でて、また立ち帰る、阿字のふるさと』私たちは元々阿字の世界にいたのですが、私たちは何かしらの役目を持ってこの世に生を受けたと言え、この世での何かしらの役目を終え、また阿字に還ってゆくわけです。この「役目」は何もたくさんお金儲けしましょう、とか今からノーベル賞をとりましょう、とかそういうことではないのだと思います。弘法大師様には「共利群生」(きょうりぐんじょう)命あるものが共に生き、共に助け合う、という教えがございます。目の前の人が少しでも笑顔になれるよう、誰かのどなたかの役に立つ、「素朴な歩み」。それが大きな役目であると思うのです。

 つい最近、ある葬儀ホールに参りました。ホール職員の女性、ホール前の警備員のおじさま、みな親切で優しかった。営業用ではない自然な親切。まさに「親切ひとつで笑顔がふたつ」。心がほっこりしました。