色が変わってきていてずっと気になっていた仏器磨きをしました。ここ2か月ほどは高野山駐在や静岡西山寺の出仕、伝授などであまり自坊にいることがなかったので、やっとです。やはり気持ちもスッキリしますし、何よりも仏様に喜んで頂けると思うと嬉しいです。高野山大学の理趣法伝授の授業で大阿様(先生)が「(行法の時)綺麗なしきみを選ぶでしょ」と仰ったことが思い出されます。そこに仏様を思う気持ちがあることが大事なんだな、と思います。
兄弟子さんはその昔、法務が停滞するとあえて仏器磨きをしておられました。意識してみると仏器磨きの後は、本当に良い流れになるんですよね。不思議です。


慈雲流悉曇講習令和8年度の第三会でした。本年度が始まってから初めて一日じっくり出席出来ました。駐在や他の一流伝授が重なってしまっておりましたので。やっぱり一日落ち着いて没頭できるのはよいですね。十八章草紙も第十四章に入りました。
西国三十三観音13番札所石山寺に十数年ぶりに訪れ、淳祐さまの供養塔前にて手を合わせました。高野山駐在布教法話の定番は観賢僧正と弟子の淳祐さまの諡号宣下にまつわる今昔物語のお話をいたします。自分が初めてこのお話を拝聴した時には感激したものです。淳祐さまのWikipediaには『延喜21年(921年)11月、師・観賢が醍醐天皇の勅命により高野山奥の院御廟を訪れたとき、共に御廟内に入り弘法大師(空海)の膝に触れたといわれる。その際、妙香の薫りが手に移り、一生消えることがなかった。またそれにより、淳祐が書写した経典にも同様の薫りが移った。これを「薫の聖教(におい(かおり)のしょうぎょう)」という。』と書かれております。
高野山での駐在でした。行く度にまなびがあります。

