高野山大学での令和8年度《特別公開講座》佐藤隆彦先生の安祥寺流伝授でした。
伝授の前に奥の院にお参りをした後、中の橋駐車場前の横断歩道で信号待ちをしていました。同行の兄弟子さんが向かい側の信号待ちの方に目を向けて「同業者の方だね」と仰いました。視線を向けると、自分の阿字観の師にあたる御僧侶が佇んでおられました。もちろん兄弟子さんはその先生を知りません。信号が青になって駆け寄り、「南山先生 」とお声がけし、初対面の兄弟子さんにご紹介させていただきました。南山先生はラフなお召し物姿でありましたが「お坊さんオーラ」を放っておられました。日々行法なされ、数々の一流伝授をお受けになり、阿字観を究め、ご自分の書いた種字曼荼羅で星供養をなさる、その先生はその佇まいで徳の香りというか、うまく言葉に出来ない「気」が漂っているのですよね。対して法衣を身に着けていても全くお坊さんの匂いがしない(うまく伝えられない)、と感じる方がいたりします。抹香臭くなりたいものです。
先入観を超える法話の魅力
高野山伝授への移動日に奈良の薬師寺さんと唐招提寺さんへお参りしました。薬師寺さんではちょうど中学校の修学旅行生の皆さんにお話しされていた法話を聞くことが出来ました。少し離れた場所で背中越しに聞いていたのですが、まずはいわゆる「つかみ」から、楽しく笑ってもらい、興味を持ってもらう進め方はとても勉強になりました。何カ所かに分かれて数人のご僧侶が法話をされておられましたが、基本的な話は同じお話の組み立てのようでした。ご法話を拝聴し、とても楽しい気持ちになりました。
高野山での駐在布教の時に「よろしければ、お話いたしますよ」とお声がけしても「あ、急いでいるので」と断られることがしばしばあります。僧侶の法話って面白くなく説教くさい、という先入観があるのかもしれません。そこをどうしてゆけば良いのか、薬師寺さんで改めて考えさせられました。

2026年9月薬師護摩
静岡西山寺薬師護摩でした。先月8月の薬師護摩では暑い中、当日の朝、護摩堂の電気が止まってしまいました。今回、電気は復旧して便利な生活が当たり前ではない、と思うわけです。けれども、またこれが日常になっていき、ありがたさを忘れてしまうのですよね・・
今回は弟弟子に当たる方に数年ぶりにお会い出来、嬉しかったです。近い将来、加行に入るそうで、ただただ無魔成満を祈るのみ。午後から、高野山に移動です。
蓋付き硯補修
悉曇講習に持参している蓋つきの墨入れ。前回持参した時に墨汁が漏れておりました。二重にジップロックに入れていたものの、このままでは使えません。蓋の内側Oリングがダメになっておりました。サイズを測り、ダメ元でOリングを発注。1個32円。本日届き、見事にジャストフィット、水漏れ点検して問題なし。また長く使えそうです!
忘備録
仏器磨きをすると・・綺麗なしきみを選ぶでしょ
色が変わってきていてずっと気になっていた仏器磨きをしました。ここ2か月ほどは高野山駐在や静岡西山寺の出仕、伝授などであまり自坊にいることがなかったので、やっとです。やはり気持ちもスッキリしますし、何よりも仏様に喜んで頂けると思うと嬉しいです。高野山大学の理趣法伝授の授業で大阿様(先生)が「(行法の時)綺麗なしきみを選ぶでしょ」と仰ったことが思い出されます。そこに仏様を思う気持ちがあることが大事なんだな、と思います。
兄弟子さんはその昔、法務が停滞するとあえて仏器磨きをしておられました。意識してみると仏器磨きの後は、本当に良い流れになるんですよね。不思議です。


慈雲流悉曇講習令和8年度第3会
慈雲流悉曇講習令和8年度の第三会でした。本年度が始まってから初めて一日じっくり出席出来ました。駐在や他の一流伝授が重なってしまっておりましたので。やっぱり一日落ち着いて没頭できるのはよいですね。十八章草紙も第十四章に入りました。
添削指導を仰ぎに書いてお持ちしますと、「慣れてきたからこそ基本を大切にするよう」先生が仰られ、耳が痛く反省しきり。「慣れでシャッシャッシャッと書いてしまうからねー」と・・
会場の六孫王神社の池にアオサギ?が。近づいても全く逃げません。
